「アンリ・ルソーは人の足を描くのが下手で、ぼかして誤魔化しているんだ。遠近法も苦手で、ほら、この絵の坂道も変でしょ?」

ベタ踏み坂で有名な江島大橋も顔負けの急勾配を指差しながら話す弟を横目に、自分は内心、その蘊蓄を素直に聞けたことに嬉しくなっていた。

 

二年ほど前から写真にハマり、カメラにのめり込むようになった弟は、同時に芸術(特に絵画)にも興味を持つようになった。

一人で美術館に足を運び、日々写真を撮影するためにあちこちに行き、写真のコンテストに積極的に応募する弟を、自分は応援しつつも黒い感情が沸いていた。

 

黒い感情の中身は、嫉妬と焦りだとすぐにわかった。

自分の活動を邪魔されたわけでもないのに、なにをもやもやしているのかと、自分自身で嫌になった。

 

しかし、このルソーの絵を前にして、目の前に広がる足がぼやけた絵について知識とその感想を共有できた時、自分が嫉妬していたのは芸術に興味を持った弟に、ではない事に気がついた。

”興味”や”好き”をまっすぐ貫き、美術館に街に海に足を運べるその行動力に嫉妬していたのだ。

足りない部分を持っていることを羨んで、それに比べて自分は...と焦っていたのだ。

 

嫉妬していたこと、もやもやしていたことを態度や言葉に出したつもりは一度もないのだが、その美術館にて自分の黒い感情は静かに溶けていった。

アンリ・ルソー作「エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望」は正直言って上手くはなかったが、確実に大好きな一作になった。お土産屋でその絵がプリントされたハンカチを買った。

 

そんな弟と撮影に挑んだのが、今回発表した曲「adephagia」のジャケット写真とアーティスト写真。

互いに手探りで思考錯誤した先の、赤色の晩餐である。